13年ほど前、ルーマニアのサトマーレという町に演劇公演のために10日間ほど滞在したときのことです。
劇場で、この辺りでは有名なお医者さんと出会いました。彼は日本が大好きらしく、自分の息子も将来は日本で勉強させたいと私達に話すのです。
サトマーレはまず日本人が来ないところ。日本を知っているなんてリップサービスだと思って軽く流していたのですが、ある日「是非別荘へ遊びに来てくれ」と強く誘われ、皆で出かけることになりました。
バスから降りた私達を、見たこともない衣装を着た彼が出迎えてくれました。私達はルーマニアの民族衣装かと思い喜んだのですが、彼は「キモーノ!、キモーノ!」と私達の前でクルリとひと回りします。よくよく見ると、Vネックのストンとしたマダラ模様のワンピースに、幅20センチくらいの太い布のベルトをしめ、ゴム草履を履いています。
どうやら和服のつもりの様子。
さらに、別荘入り口には赤い大きな鉄の門(おそらく鳥居)。彼の日本好きは確かですが、情報量が極端に少ないために、日本の写真集を見て仕組みを知らずになぞっているようなのです。
別荘では奥様が<日本食>を用意してくれていました。みんなお米に飢えていたので、勢いよく一斉に箸(正確にはフォーク)をつけたのですが・・・。
彼が<おにぎり>と呼ぶのは、プリンのカップにお米をつめてひっくり返したもの。<ミソスープ>と呼んだものは、デミグラスソース。<スシミ(恐らく刺身の間違い)>は何かの練り物をスライスした、チーズのようなものでした。一口食べるごとに想像を超える発見の連続だったのですが・・・日本が大好きな彼の私たちへの<ホスピタリティ><おもてなし精神>に感動し、全員が味覚を殺してキレイに平らげ別荘を後にしました。
翌日からも、彼は毎晩劇場へ。何か短冊のような紙をお客さんに配っています。覗き込むと、ルーマニア語や英語なのに、縦書きで3行ほどの文字の羅列。そう、彼は俳句を流行らせようとしていたのでした。しかし、俳句=3行の文章、程度にしか理解していない様子・・・。
日本はまだまだ知られていないと痛感しましたが、こうやって理解しようとしてくれている外国人がいることをとても嬉しく思いました。彼と同じ衣装で出迎えてくれた小さな息子さんが、将来本当に日本に留学してルーマニアに戻ったら、色々と間違いを正してくれることでしょうね。